グローバリズムと戦う・・・我が家から始まる小さな石鹸革命

コメントする

2017年3月17日 by hondach

最近、亨進様の説教で、グローバリズムを批判する説教をよく目にする。しかしグローバリズムの何が問題なのか私達は理解しているだろうか?グローバリズムの問題とは一体何なのだろうか?

どの様な戦いでも、敵を知らないまま、敵に打ち勝つことは不可能だ。そういった意味では、私達は様々な問題について、あまりにも無知なことが多いと感じる。み言葉の研究と共に、現実社会の問題もよく理解していなければ、到底敵に打ち勝っていくことは不可能だ。

そういった観点から、誉田家庭教会では、3月17日(金)に「グローバリズム」をテーマに勉強会を開催した。これは九州の安永訓読家庭教会の青年の勉強会に触発されたからでもある。
http://ameblo.jp/young-report/

当日仕事が休みのサンクチュアリの有志と、私とで、参加者は2名で開催した。

私は学生時代にも、こんな自主勉強会は開催したことはなかったので、運営方法にも成果にもあまり自信はない。しかし私は大学の自主ゼミ等とは違う形式のものにしたいと考えていた。

普通の勉強会は、それぞれ担当者を決めて、自分に与えられたテーマを事前にリサーチしてそれを発表し、他の参加者が論評していく、というものが多いと思う。しかし私はリサーチの発表よりは、むしろ「自分なりの疑問や質問」を発表して、それについて意見交換する方が良いのではないかと考えていた。なぜなら疑問や質問を発表するだけなら、下調べがあまり必要ないので、参加のハードルが格段に低いからだ。これだと誰でもその問題について知りたいという動機だけで、気軽に参加することができる。

それから、こちらの方がより本質的な理由なのだが、質問に対する答えは、時代によって常に変化する可能性があるからだ。例えば、昔は地球は平らだと信じられていたが、科学の進歩によって今では球体だと信じられている。「宇宙はどうなっているのだろう?」という質問は普遍的だが、その答えは常に最新の理論によって置き換えられる可能性がある。つまり答えよりも疑問や質問の方が普遍的なのだ。

またどんな疑問や質問でも、必ず問題の本質に迫る切り口になる可能性がある。今まで知らなかったことに気付いたり、自分の視点とは違う角度から考えるキッカケにもなり得る。そうやって相互に交換した疑問や質問を持ち帰ってから、自分なりに整理した上でリサーチした方が問題の本質に迫れるのではないか?

誰かがリサーチした発表を聞くのも良いのだが、それよりは各人の素朴な疑問や質問を交換することの方が、そのテーマに様々な角度からより深く迫れるような気がするのだ。それに勉強会の運営上も、今はインターネット時代なので、勉強会の途中でも、実際にはキーワードさえあれば幾らでも途中でリサーチすることが可能だ。つまり疑問や質問こそが、答えを導くキーワードになるのだ。

前回の勉強会では、昼11時~夜20時まで久しぶりに熱く盛り上がった。しかし初めての勉強会でどれ程深い勉強になったかは正直自信がない。

また残念なことに、私自身は政治経済に疎い。テレビのニュースは全く見ないし、ニュースはインターネットで見るだけなので、世界情勢にも疎い。だから次回の勉強会では、政治経済分野に詳しい方がいれば、ぜひ一緒に参加して欲しいと心から願う。

しかし今日は私なりの視点で、グローバリズムについて考えてみたい。

サンクチュアリ教会では、「自由と責任」が強調されている。
「自分のことは自分で決める」ということだ。

ところで我が家では、最近、台所で使っている合成洗剤を、石鹸に切り替えた。これは本当に偶然で、スーパーでいつも買っている台所用洗剤が売り切れていて、たまたま台所用石鹸があることを知り、購入したことがキッカケであった。

ところで合成洗剤と石鹸の違いは何だろうか?

合成洗剤は石油から作られた界面活性剤でできている。テレビのCMでもやっているが、「たった一滴で驚きのパワー」というのが合成洗剤の特徴だ。これは台所で油汚れのフライパンを洗う時には、確かに便利なのだが、「たった一滴で驚きのパワー」というその界面活性作用は、排水が川に流された時にも同じ効力を持ち続けるため、自然を破壊する要因になるのだ。

ところが石鹸は、まず排水が川に流れて薄まると、すぐに界面活性作用を失う。また汚れが酷い時は、石鹸を足さないと泡立たないことがよくあると思うが、これは汚れと中和して界面活性作用を失っているからである。

これは一見不便なようであるが、「たった一滴で驚きのパワー」を持ち続ける合成洗剤と比較すると、これは石鹸の長所でもあるのだ。つまり自然界に排出された時に、すぐに界面活性作用を失うので、自然への影響が少ないのだ。

このことを知ってから、我が家では、家の洗剤を次々に石鹸に変えていった。
シャンプーも今では石鹸シャンプーである。洗濯は粉石鹸だ。

粉石鹸で洗濯している話をした時、「粉石鹸で汚れがキチンと落ちるの?」と聞いてきた方がいた。実は粉石鹸は合成洗剤よりも、汚れがよく落ちるのである。私も今まで知らなかったが、合成洗剤は汚れを落として「真っ白」になっていると思っている人が多いと思うが、実はほとんどの合成洗剤には、衣類を「真っ白」に見せるために、「蛍光剤」という白く輝かせる成分が入っているのだ。

これは洗濯後も洗濯物に残留して白く輝かせる成分なので、合成洗剤は肌に悪いのだ。

だから小さな子供がいる家庭では、特に注意が必要なのである。

ところで調べてみるとすぐに分かるが、合成洗剤のメーカーには大企業が多い。日本企業だと、花王やライオン、外国企業だとP&Gやユニリーバなどだ。これらはテレビでCMを流している常連企業だ。つまり合成洗剤の企業は、CMで消費者を教育(洗脳)しつつ、商品を売っている企業とも言えるのだ。

対して石鹸メーカーはどうか?
石鹸はどの国でも作ることができ、石鹸メーカーのない国はない。そしてグローバル企業の多い合成洗剤のメーカーと比べると、はるかに小さな会社ばかりだ。

これは大資本を背景にCMを使って合成洗剤を売りまくるグローバル企業と、現地の弱小石鹸メーカーと位置付けることもできるのである。つまりどの国に住んでいたとしても、石鹸を使うことは、自分の家族・自然環境、そして自国の産業を守ることに繋がるのだ。

もちろん花王やライオンは日本企業なので、合成洗剤でも同じじゃないかと考える人もいるだろう。しかし考えてみれば、マスコミ・広告・メーカーの癒着は、この国を腐敗させてきた元凶ではなかっただろうか?CMを使って健康や環境に悪い合成洗剤を売りまくることは、倫理的に問題はないのだろうか?そう考えれば花王やライオンの罪は大きいのではないだろうか?

こうして我が家では、「自由と責任」の元で、グローバリズムと戦う小さな石鹸革命が始まったのである。

注)ちなみに洗濯で粉石鹸を使うことは、全ての人に対してお勧めする訳ではない。まず粉石鹸は、合成洗剤に比べると溶けにくい。合成洗剤の場合は、低温の水でも洗剤が溶け残ることはほぼないが、粉石鹸の場合は、お湯で撹拌して溶かさないといけない。洗濯機が全自動でも、粉石鹸を使うとその分手間がかかってしまうのだ。

注2)誉田家庭教会では勉強会を定期的に開催したいと思っています。関心のある方は、お気軽にご連絡を下さい。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。