小さな命を守る・・・望まない妊娠という問題を考える

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2017年4月30日 by hondach

望まない妊娠・・・何という悲しい言葉だろう。意図しない妊娠と言い換えても良い。私が初めてこの問題に関わったのは、もう約20年も前の話だ。

私は約20年前から悩み事を抱えている方々の相談業務を行っている。就職したので一時中断していたが、最近また再開した。今はインターネット経由の相談がメインなので、よく熟考してから回答ができ、その分精神的に随分と楽になったが、当時は全て電話相談だったので、気の抜けない時間の連続だった。

望まない妊娠と聞いた時、一般の方はどの様なイメージを持つだろうか?避妊に失敗して妊娠してしまったとか、せいぜいそんなところではないだろうか?

しかし実際に相談される事例は、もっと深刻だ。
相談の多くは、身籠った赤ちゃんの父親が、誰だか分からないというものである。

母親と赤ちゃんが実の親子であることに疑いはない。しかし父親との関係はどうだろうか?子供の父親が誰であるか、本当のところは母親しか知らないのである。しかし母親にも分からないケースがある。

それは心当たりの男性が複数いる場合である。
これを読んで、読者の方は驚かれただろうか?

正直言って、最初相談を受けた時、私はとても驚いた。
まさかそんな問題が現実にあろうとは、想像もしたことがなかった。
しかも私は当時、まだ20代で独身だったので、電話相談の内容としては、荷が重すぎる気さえした。

しかし何度も何度も、同じ様な問題で苦しんでいる女性の声を聞いているうちに、私自身の中で心境の変化があった。

とても気の毒な女性たち・・・。
これが私の見解だ。

彼女たちは、サタニズム(悪魔崇拝)の犠牲者なのだ。

聖書には、「それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである」(創世記2/24)と書いてある。神様の創造理想はハッキリしている。(1)男女は成育して自立した後、(2)結婚をしてから結ばれ、(3)子女を持つのである。順番が決まっているのである。

しかし価値相対主義が蔓延した世界では、この秩序は大きく崩れてしまう。サタニスト(悪魔崇拝者)はこう言う。結婚するまでの期間は、様々な男女と付き合って、その中で一番良い人と結婚しなさい。そうしないと誰がベストか分からないでしょう?

聖書には、神様はアダムの肋骨からエバを作られた(創世記2/21)と書いてある。これが理想相対の聖書的根拠だ。これ程、ハッキリした説明はないのではないだろうか?

しかし聖書のみ言葉を知らなければ、どうしてサタンの誘惑を退けることができるだろうか?テレビでは、「できちゃった結婚」を当たり前のこととして取り上げているではないか?ちょっと順番が間違ったからと言って、何だと言うのだ。そもそもそんな順番は誰が決めたのだ!?

こうして人は、いとも簡単に偽りの道へと陥ってしまうのである。
そしてこういった問題では、被害者は決まって、男性ではなく、女性になるのだ。

妊娠すれば、普通であれば、まず喜んで夫に伝えるだろう。
そして自分の親にも報告するに違いない。
親族全てが祝福する瞬間である。

しかし相手の男性が分からない場合は、どうしたら良いのか?
誰に報告すれば良いのか?
親には何と言って、報告できるだろうか?

こうして本来であれば、最も大きな喜びの瞬間だったものが、あっと言う間に、重たく暗い現実として、彼女たちにのし掛かってくるのである。こうして毎日、多くの胎児の罪なき命が奪われているのだ。

これを自業自得だと批判することは簡単だ。
しかしそうやって批判するあなたは何者なのか?

イエス様は、「罪なき者がまず石を投げよ」(ヨハネ8/7)と言われたではないか?
あなたは罪なき者なのか?

そう考えた時、例え自分自身が彼女たちと同じ問題を抱えていなかったとしても、誰しもがそう大差のない罪人であることを知るのである。

このようにして、誰にも相談できず、悩みを打ち明ける人もなく、困り果てた末に、ただ一筋の光を求めて相談の電話を掛けてきた・・・そういった背後の事情を知った時、私はどうやって彼女たちの悩みを受け止め、どう理解して、どうやってその悩みに向き合って回答できるのか・・・私自身も悩む日が続いた。

相談してくるのは、何も未婚の女性だけではない。既婚者でも、一度不倫を犯せば、生まれてくる子供が、夫の子供なのか、不倫相手の子供なのか、確信が持てなくなる。それがただ一度の過ちだったとしても、不倫の子供である可能性が否定できない以上、無条件には喜べないのである。

夫には黙って、夫の子供として出産するか?
それともこのまま黙って堕胎をしてしまうか?

例え堕胎が殺人と同じだと頭で理解していたとしても、現実の問題として向き合った時に、果たしてどの様な場合にも堕胎は許されないのかについて、私は全く確信が持てなかった。つい最近までは・・・。

そして私の確信のない態度は、きっと相手にも伝わったであろう。もしかすると私が自信を持って、み言葉を根拠に、赤ちゃんを産むように説得できなかったばかりに、失われた命があったかもしれない・・・その可能性が私を約20年間苦しめてきた。

この問題は、決して他人ごとではない。価値相対主義に陥った時、誰しも同じ問題を抱える可能性があるのである。それは祝福家庭でも同じだ。1世は自分が神様を信じて入った道である。しかし2世はどうだろうか?親が神様を信じているから・・・子供も同じ道を歩んでくれるのだろうか?どうやって神様を教え、み言葉を教え、信仰を教えたら良いのだろうか?そもそも信仰は、講義を聞いてもらうだけで身に付くものなのだろうか?こうして考えると、私たち自身も実は同じ問題を抱えていることに気付くのである。

私がこの問題に、一つの回答を得たのは、つい先日のことである。
その日、私は堕胎を考えているという女性の相談に回答するために、インターネットでいろいろ調べていた。

その時、私はウィキペディアで「菊田医師事件」を知った。これは菊田医師という産婦人科医が起こした乳児の出生証明書の偽造事件である。菊田医師はクリスチャンとしての信仰から、中絶に来た女性を説得して出産を勧め、養子を求める夫婦を新聞広告で募集した。そして養子を求める夫婦の「実子」として届けるために、出生証明書を偽造していたのであった。これは法律違反ではあったが、こうして救われた命は約100名以上になるという。そしてこうした取り組みは、後に「特別養子縁組」の制度として実を結んでいくことになるのである。

もう一つのキッカケは、2016年に亨進様が胎児の特別解怨をされたことであった。従来、家庭連合では、胎児を人とみなしていなかった。人ではないのだから、堕胎をしても殺人にはならないと言うのである。私は家庭連合の信徒だった時、家庭連合のこの様な恐ろしい側面には全く気付いていなかった。これは共産主義者が、人間は猿が進化したもの、とみなしたために多くの人の大量虐殺を正当化したのと同じ理屈なのである。つまり家庭連合の教えは、共産主義と同根のサタニズムなのだ。

長くなってきたので、そろそろ結論に入ろう。

先日の相談で、私は堕胎を考えているという女性に、クリスチャンの支援団体を紹介した。それは「小さないのちを守る会」という団体である。
http://www.chiisana.org/

数日後、それまで毎日泣いて過ごしていると書いていた女性から、「出産する決意ができた」とお礼のメッセージが届いた。しかしお礼を言いたいのは、むしろこちらの方だ。今まで全く道を知らないまま、道案内をしていたのだ。その時に彼女は、私に正しい道を知るキッカケを与えてくれたのだ。

「小さないのちを守る会」のパンフレットには、以下の聖句が引用してある。
「それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである」(創世記2/24)

結局、人が正しい道を歩むためには、神様のみ言葉に帰る以外にはないのだ。
み言葉を学ぶことこそが、そのための第一歩なのだ。

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